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M性感・痴女 (手コキあり) 12:00~翌5:00 60分 / 16,000円~ 川越発・近郊 出張 080-4671-0932

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M性感・痴女 (手コキあり) 12:00~翌4:00 60分 / 13,000円~ 川越発・近郊 出張 04-2003-5586

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~翌2:00 60分 / 12,000円~ 川越発・近郊 出張 090-2406-6969

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~翌3:00 70分 / 17,000円~ 川越発・近郊 出張 080-6848-3030

みんなの回春+ヘルス川越

エステ・回春 (手コキあり) 10:00〜翌5:00 60分 / 17,000円~ 川越発・近郊 出張 048-606-2963

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00〜翌5:00 60分 / 12,000円~ 川越発・近郊 出張 048-606-2958

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手コキ・オナクラ 12:00~翌3:00 20分 / 3,500円~ 埼玉県所沢市発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 042-936-6223

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M性感・痴女 (手コキあり) 10:00~翌5:00 60分 / 10,000円~ 西川口発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 03-3635-4044

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~翌2:00 60分 / 17,000円~ さいたま市発 (川越市 派遣OK) 出張 048-299-5918

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エステ・回春 (手コキあり) 17:00~翌5:00 60分 / 9,000円~ さいたま市発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-780-2573

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~翌2:00 70分 / 13,000円~ 大宮発 (川越市 派遣OK) 出張 048-299-6029

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エステ・回春 (手コキあり) 12:00~翌2:00 60分 / 15,000円~ 所沢発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 04-2996-2525

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M性感・痴女 (手コキあり) 12:00~翌6:00 60分 / 13,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-640-5858

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M性感・痴女 (手コキあり) 12:00~翌4:00 60分 / 13,000円~ 鶴ヶ島発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 090-6713-5737

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SMクラブ (手コキあり) 24時間営業 60分 / 18,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-642-0769

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エステ・回春 (手コキあり) 12:00~翌4:00 60分 / 16,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-856-9332

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~翌5:00 60分 / 12,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-606-2961

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00~23:00 90分 / 17,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 待ち合わせ 048-657-3388

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00〜翌2:00 70分 / 16,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-650-3838

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エステ・回春 (手コキあり) 10:00〜翌5:00 60分 / 17,000円~ 大宮発・近郊 (川越市 派遣OK) 出張 048-606-2973

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川越市エリアの特徴

川越市(かわごえし)は、埼玉県の南西部に位置する市。中核市、業務核都市、保健所政令市に指定されている 人口は約35万人で、これは埼玉県内ではさいたま市、川口市に次ぐ第3位の人口である。旧武蔵国入間郡。 概要・歴史 江戸時代には親藩・譜代の川越藩の城下町として栄えた都市で、「小江戸」(こえど)の別名を持つ。城跡・神社・寺院・旧跡・歴史的建造物が多く、文化財の数では関東地方で神奈川県鎌倉市、栃木県日光市に次ぐ。歴史まちづくり法により、国から「歴史都市」に認定されている(埼玉県内唯一の認定)。戦災や震災を免れたため歴史的な街並が残っており、市内の観光名所には年間約732万人もの観光客が訪れる観光都市である。海外の旅行ガイドブックに紹介されることも多く、最近では外国人旅行者が多い(例えばニューヨーク・タイムズ紙の「2009年トラベルガイド」の 川越特集)。 武蔵野台地の北端に位置し、荒川と入間川が市内で合流する。地理的な要衝で平安時代には河越館に豪族の河越氏が興り、武蔵国筆頭の御家人として鎌倉幕府で権勢を誇った。室町時代に上杉氏の家宰・太田道灌によって河越城が築城され、上杉氏、次いで北条氏の武蔵国支配の拠点となった。戦国時代には関東平野の覇権を決する河越夜戦の舞台となった。河越夜戦は「日本三大夜戦」とされる。江戸時代以前は江戸を上回る都市であり、「江戸の母」と称された。 川越城を擁する川越藩は江戸幕府の北の守りであり、武蔵国一の大藩としての格式を誇り、酒井忠勝・堀田正盛・松平信綱・柳沢吉保など大老・老中クラスの重臣や御家門の越前松平家が配された。そのため、江戸時代から商工業や学問の盛んな城下町であり、今日でも多くの学校を有す文教都市である。川越藩の歴代藩主は武蔵野の開発に力を注いだ。「知恵伊豆」と呼ばれた松平信綱は、川越藩士の安松金右衛門に命じ、玉川上水や野火止用水、新河岸川の開削、川島大囲堤の築造、川越街道の改修を行い、行政手腕の秀でた柳沢吉保は、川越に召抱えていた荻生徂徠の建議を入れ、筆頭家老の曽根権太夫に命じ、三富新田の開拓などを行った。 川越藩によって殖産政策が遂行され、農産物や絹織物・工芸品など市場競争力のある特産品開発がなされた。川越藩領の狭山丘陵で河越茶(狭山茶)の栽培が進められ、武蔵野の開墾地ではサツマイモの栽培が盛んになった。高林謙三が開発した「高林式製茶機械」によって狭山茶は隆盛することとなり、赤沢仁兵衛が考案した「赤沢式甘藷栽培法」によってサツマイモの収穫量は劇的に増加した。寛政年間に焼イモが江戸で大流行すると、新河岸川や入間川の舟運で江戸に出回ったサツマイモは川越芋と呼ばれ「栗よりうまい十三里」というフレーズと味の良さで持て囃され、「イモの町」のイメージも定着した。こうした領内や秩父など近郊からの物資の供給地として「江戸の台所」と呼ばれ繁栄した。また幕末、川越藩領であった上野国前橋で生糸業を興し、その輸出で川越商人は財を成した。 埼玉県下随一の城下町(川越藩の石高は武蔵国で最大、関東でも水戸藩に次ぐ)であったので、廃藩置県では川越県、次いで入間県の県庁所在地となった。入間県は現在の東京都武蔵野市周辺から新座や秩父・熊谷・本庄まで含んで発足、入間県の面積は現在の埼玉県の7割を占めていた。現在の埼玉県成立後、最初に市制を施行したのは川越である(大正11年の市制施行は北海道札幌市などと同年)。明治以降も先進的な発展が続き、埼玉りそな銀行の前身であり埼玉県で唯一の国立銀行であった第八十五国立銀行の発祥地である。また旧川越藩御用商人衆には横田五郎兵衛、山崎豊、黒須喜兵衛など豪商が多く、米穀取引所や民間による銀行(川越銀行や川越商業銀行)の設立や商工会議所・医師会の発足なども埼玉県内で最初である。後に川越市初代市長となる綾部利右衛門ら川越商人の強い力で、埼玉県で最初に火力発電所や水力発電所を設け、埼玉県下で最初に電灯が燈った町でもある。 川越商人に加え、上広瀬村(現・狭山市)の清水宗徳が参画し、川越鉄道が甲武鉄道の国分寺駅との間に建設された(現在の西武新宿線と西武国分寺線のルーツ)。また、綾部らの川越電気鉄道が大宮との間で開通した。川越電気鉄道は蒸気機関車ではなく、その名の通り、埼玉県で最初の電車であった。川越鉄道と川越電気鉄道は最終的に合併し、西武鉄道(旧)となり、川越藩三芳野村(現・坂戸市)出身の大川平三郎(「日本の製紙王」と呼ばれ大川財閥を作った)らが役員に名を連ねた。綾部らの西武鉄道は堤康次郎の武蔵野鉄道(現在の西武池袋線)と太平洋戦争中に戦時合併する。一方、1902年(明治35年)には綾部ら川越商人と川越商業銀行頭取で新河岸川の回漕業者でもあった福岡村(現・ふじみ野市)の星野仙蔵が、東京 - 川越間の京越鉄道の敷設を計画した。これは本社を川越に置いて発足した東上鉄道に引き継がれ、1914年(大正3年)に池袋駅 - 田面沢駅(現在の川越市駅の西方にあった)間で開通した。2年後には坂戸駅まで延伸。東上鉄道は1920年に根津嘉一郎の東武鉄道と合併する。昭和になって軍需鉄道の八高線の建設が決まると川越商人たちが川越線建設を求める請願を行い、国策鉄道として省線の川越線が開通した。代わりに、川越 - 大宮間の電車(西武大宮線と改名)は廃線となった。 川越市内には10駅、ほぼ半分が川越市側の鶴ヶ島駅を入れると11駅あり、うち中心市街地には駅が3つある。中でもJR・東武東上線川越駅は1日約20万人が乗降する、埼玉県内では大宮駅に次ぐ2位のターミナル駅である。また、近接する西武新宿線本川越駅と東武東上線・川越市駅を含めると、3駅で約30万人の乗降客数がある。 一方で、現在中心駅である川越駅は1915年(大正4年)に開業した駅で、中心市街地の駅の中では最遅の開業である。川越線の開業に伴う駅名改称と、市街地の南下により市を代表する駅(現市街地の玄関)となった。 川越駅が中心駅となるまでは、西武の本川越駅や東武の川越市駅周辺が街の中心地及び中心駅で、観光地で有名な旧市街地もこちら側が玄関であり、近い。川越市駅は川越駅より1年早い時期の1914年(大正3年)に開業して、本川越駅は他の2駅より非常に早く1895年(明治28年)に開業している。 上杉氏が支配していた室町時代には川越街道(現・国道254号)で、江戸時代からは新河岸川舟運で、江戸と直結した物流の要衝であり、1971年(昭和46年)には埼玉県内で最初の高速道路として関越自動車道が練馬IC - 川越IC間で完成、開通時の名称は「東京川越道路」であった。国道16号(東京環状)や首都圏中央連絡自動車道(圏央道)も通じている。 交通 東京都心 - 川越間の競合路線 江戸時代から入間地区の交通の要衝として発達しており、周辺各都市への交通が中心部から放射状に発達しているものの、市内環状道路の整備や、主要道路の拡幅が今後の課題となっている。 鉄道路線 東日本旅客鉄道(JR東日本) 川越線 南古谷駅 - 川越駅 - 西川越駅 - 的場駅 - 笠幡駅 東武鉄道 東上本線 新河岸駅 - 川越駅 - 川越市駅 - 霞ヶ関駅 - 鶴ヶ島駅 鶴ヶ島駅の所在地は鶴ヶ島市だが、ホームが川越市に掛かる。 西武鉄道 新宿線 南大塚駅 - 本川越駅 川越駅、川越市駅、本川越駅の3駅が川越市の中心市街地にある。JTBパブリッシングや交通新聞社の時刻表における市の代表駅は、市内で最も乗降人員が多い川越駅となっており、東上線と川越線の2路線を合算した一日平均乗降人員は約20万人である。旧市街・時の鐘へは本川越駅が最寄駅で、開業年度も1895年と市内の鉄道駅では最も古い。 3路線とも都心方面に直結しているが、このうち東武東上線は東京メトロ有楽町線・東京メトロ副都心線との相互直通運転を行っており、線形も直線的で所要時間が短く、総じて利便性が高い。2019年のダイヤ改正で川越特急の運行を開始し、観光列車として一部の列車にコンシェルジュが添乗する。 市域を東西に横断する川越線は単線であり、他の2路線と比較して本数が格段に少なく、早朝を除いて川越駅を境に運転系統が分断されている。残る西武新宿線は他2路線への駅に直接乗り換えができず、本川越駅から川越駅または川越市駅への徒歩連絡を要する。いずれも乗り換えに徒歩10分程度を要する状況が続いていたが、2016年に本川越駅西口が開設されたことにより、本川越駅から川越市駅までの乗り換えが徒歩5分程度に短縮された。 廃線 西武鉄道 大宮線(1906年4月16日廃止) 川越久保町駅 - 成田山前駅 - 二ノ関駅 - 沼端駅 - 黒須駅 - 芝地駅 安比奈線(2017年5月31日廃止) 南大塚駅 - 安比奈駅 埼玉県営鉄道 県営の砂利採取事業のため東武東上線から入間川まで路線があった。 霞ヶ関駅 - 砂利採取場 旧・西武鉄道は1925年(大正14年)に、入間川からの砂利輸送が目的で南大塚駅から安比奈線を開通させた。入間川には、安比奈線と埼玉県営鉄道の2つが対岸の東武と西武の駅から向かい合うように延びていた。 1950年(昭和25年)に電化され蒸気機関車から電気機関車に変ったが、その貨物輸送も1967年(昭和42年)で廃止された。その後半世紀近くにわたって休止扱いであったが、2016年(平成28年)11月30日を以て廃止された。 バス 小江戸巡回バス 路線バス イーグルバス 東武バスウエスト 西武バス 国際興業バスが1995年1月まで路線バスを運行をしていたが、西武バスに移管をした。 コミュニティバス 川越市コミュニティバス「川越シャトル」(東武バスウエスト川越営業事務所・西武バス川越営業所に運行委託) 市内観光バス イーグルバス:小江戸巡回バス(レトロなボンネットバスで市内の名所を巡回している。車内アナウンスは英語・中国語に対応。1日フリー乗車券がある)。 東武バスウエスト:小江戸名所めぐりバス(1日乗り放題のバス)。 高速バス 川越観光自動車・東武バスウエスト・千葉交通:川越駅西口 - 成田空港 イーグルバス・西武バス・東京空港交通:本川越駅 - 川越駅西口 - 羽田空港 東武バスウエスト・京成トランジットバス:本川越駅 - 川越駅西口 - 東京ディズニーシー - 東京ディズニーランド 日本中央バス:川越駅西口 - 富山駅前 - 金沢駅前 - 兼六坂 西武バス・富士急行観光:川越駅西口 - 富士急ハイランド - 河口湖駅 - 富士山駅 関越交通:川越的場BS - 沼田 - 尾瀬戸倉 - 大清水(尾瀬号) 西武バス・越後交通:川越的場BS - 湯沢 - 長岡北 - 三条燕 - 新潟駅前 - 万代シテイバスセンター(新潟線) 西武バス・頸城自動車・越後交通:川越的場BS - 柏崎駅前 - 頸城 - 高田駅前 - 直江津(イトーヨーカドー前)(上越線) 西武バス・富山地鉄:川越的場BS - 黒部 - 富山駅前(富山線) 西武バス・加越能バス:川越的場BS - 砺波駅南 - 高岡駅前 - 氷見 (氷見線) 西武バス・北陸鉄道・JRバス関東・西日本JRバス:川越的場BS - 金沢駅(金沢線) 西武バス・長電バス:川越的場BS - 屋代 - 長野駅前 - 権堂 - 柳原(長野線) 西武バス・千曲バス:川越的場BS - 軽井沢プリンスホテル - 軽井沢駅前 - 中軽井沢駅 - 御代田駅前 - 小諸駅前(軽井沢線) 西武バス・千曲バス:川越的場BS - 佐久平駅前 - 中込駅前 - 臼田駅(佐久線) 西武バス・千曲バス:川越的場BS - 富岡 - 下仁田 - 松井田 - 佐久 - 小諸高原 - 上田駅前 - 上田営業所(上田線) 日本中央バス:川越的場BS - 藤岡 - 高崎駅東口 - 前橋駅南口 - 前橋バスターミナル(前橋線) 深夜急行バス 東武バスウエスト:池袋駅西口 - 志木駅南口 - 川越駅東口 - 本川越駅 - 神明町車庫(ミッドナイトアロー川越号) 東武バスウエスト:川越駅東口 - 本川越駅 - 坂戸駅北口 - 東松山駅 - 森林公園駅南口(ミッドナイトアロー東松山・森林公園号) タクシー 練馬タクシー川越営業所 埼玉第一交通川越営業所 西武ハイヤー川越営業所 川越乗用自動車 三共交通 初雁交通 富士見ハイヤー 東上ハイヤー タクシーの営業区域は県南西部交通圏で、所沢市・東松山市・飯能市・和光市などと同じエリアとなっている。 道路 高速道路 関越自動車道:川越IC、川越的場BS 首都圏中央連絡自動車道:市内に道路が延びている。インターチェンジは、川島町の川島ICの出口標識が「川島 東松山 川越」となっていて国道254号経由で北方より市内に入れるほか、鶴ヶ島市の圏央鶴ヶ島ICは笠幡地区にほど近い位置にある。 一般国道 国道16号(旧道、川越バイパス (国道16号)) 国道254号(川越街道) - 富士見川越バイパス、川越バイパス (国道254号)) 国道407号(笠幡地区を掠めている) 県道 主要地方道 埼玉県道6号川越所沢線(かわとこ線) 埼玉県道8号川越入間線(茶つみ通り) 埼玉県道12号川越栗橋線(川栗線) 埼玉県道15号川越日高線 埼玉県道39号川越坂戸毛呂山線 埼玉県道51号川越上尾線 一般県道 埼玉県道113号川越新座線 埼玉県道114号川越越生線 埼玉県道155号さいたま武蔵丘陵森林公園自転車道線(荒川サイクリングロード) 埼玉県道157号川越狭山自転車道線(入間川サイクリングロード) 埼玉県道160号川越北環状線 埼玉県道180号南古谷停車場線 埼玉県道229号本川越停車場線 埼玉県道246号川越市停車場線 埼玉県道256号片柳川越線 埼玉県道260号鯨井狭山線 埼玉県道261号笠幡狭山線 埼玉県道335号並木川崎線 埼玉県道336号今福木野目線 埼玉県道339号平沼中老袋線 町並み保存 川越一番街(2010年4月20日撮影) 川越一番街を中心とする旧市街地は、グッドデザイン賞の第1回「アーバンデザイン賞」(1999年)を受賞している。昭和50年代に仲町のマンションに端を発した旧市街地の高層マンション乱立に危機感を持った市民が建設反対運動を展開した。市民に加え、1974年から川越を舞台に活動してきた日本建築学会・都市計画の専門家・芸術家・川越青年会議所・川越商工会議所・市役所職員などがNPO法人「川越蔵の会」を結成。さらに商店街住民が中心となって「町並み委員会」を結成、都市計画家のクリストファー・アレグザンダーの「パタン・ランゲージ」の考えを下敷きに「町づくり規範」を策定した。こうしたイギリスのナショナルトラストの影響を受けた市民が、行政に代わって文化財保存運動と衰退していた街の活性化を進めたことが高く評価された受賞であった。「川越蔵の会」は「全国町並み保存連盟」でも中心的な役割を果たし、2010年(平成22年)には「地域づくり総務大臣表彰」を受賞した。また西郷真理子も川越の蔵造り保存運動に参画、その経験を滋賀県長浜市の黒壁スクエア・香川県高松市の丸亀町商店街などの大手商業資本に頼らない町おこしに生かした。西郷真理子はそうした市街地再生計画でフランス・カンヌの「国際不動産投資見本市(MIPIM)」で「未来的プロジェクト賞」を日本人で初めて受賞した。 行政も1988年(昭和63年)に「都市景観条例」を制定し、「歴路事業」として舗道の石畳化と電線類地中化を広範に進めた。政令指定都市のさいたま市と共に景観法に基づく景観行政団体となっている。 旧市街地約7.8ヘクタールは、1999年(平成11年)に関東地方では2番目に、国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された(埼玉県内唯一の選定)。国の「都市景観大賞」も受賞。国が「古都保存法」施行40周年を記念して選定した「美しい日本の歴史的風土100選」にも埼玉県内から唯一選ばれている。2003年(平成15年)には「優秀観光地づくり賞」(総務大臣賞)を受賞。2008年に国が「歴史まちづくり法」を制定すると、埼玉県内で初めて川越市は長野県松本市などと共に2011年に同法の認定を受けた。その結果、市が実施する「川越市歴史的風致維持向上計画」は国の補助事業となった。 民間では、読売新聞が選出した日本の「平成百景」や「遊歩百選」、毎日新聞の「ヘリテージング100選」に選ばれている。朝日新聞の会員サイト・アスパラクラブが「日本一の商家の町並み・暮らしの灯り」というテーマで実施した「お気に入りの町」人気投票では、岡山県倉敷市、滋賀県近江八幡市に次いで全国3位、日本経済新聞の「散歩したい歴史ある町並み」ランキングでも山口県萩市、岐阜県高山市に次いで全国3位に選出されている。2007年(平成19年)には、町並み保存が評価され「岩切章太郎賞」を受賞した。 市職員が制作した映像作品「蔵造り-まちづくりの明日を問う」は、「地方の時代映像祭」でグランプリを受賞、その賞金は「川越蔵の会」発足基金ともなった。1980年(昭和55年)に始まった「地方の時代映像祭」は、日本各地の人々の営みを記録したドキュメンタリー映像祭で神奈川県川崎市で誕生。その後は当市が開催を引き継いだ(現在は大阪府吹田市を会場にして開催されている)。 NHK総合テレビの「新日本紀行」は、1978年(昭和53年)に「小江戸残照〜蔵造りの街・川越〜」を放送。重厚な家並みと伝統の中で暮らす人々を描き、30年後の2008年(平成20年)3月8日には「新日本紀行ふたたび」で再度「小江戸〜川越〜」を放送。開発の激しい首都圏の中枢都市でありながら、古いものを大切にすることで独自の未来を切り拓こうと、風格ある町並みを守る川越市民の姿を描いた。 旧市街地は2004年(平成16年)に「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選定された。しかし川越一番街などは、大型バスを含め車の往来が激しく、観光客の増加で観光人力車まで通行し、歩行者に危険な状況である。また、車の振動や排気ガスが蔵造りへ深刻なダメージを与えており、かけがえのない文化財の保護の観点からも早急な対策が求められている。ヨーロッパの古都のように旧市街地から車の通行を排除すべきではないか、と当市のタウンミーティングで懸案として協議されている。休日日中の歩行者天国を望む声は市民調査でも圧倒的に多く、2009年(平成21年)11月7日から同月23日まで実際に試行もされた。一方では、埼玉県では23年ぶりの設置となる自転車通行帯の整備が旧市街地で進んでいる。 町並みの意識は、「大正浪漫夢通り」での保存コンペの実施、新市街地のクレアモールの空間や建築・街路樹の協定など、市域全体の町作りに広がっている。また当市の成功例はシャッター通り化に苦しむ全国の都市から町作りのモデルケースとされ視察も多い。 住宅団地 初雁団地 新宿町団地 川越西山住宅(笠幡) 川越北谷住宅(岸町) 川越岸町やまぶき住宅 川越久下戸住宅 川越月吉町団地 川越月吉町住宅 川越今泉住宅 川越今福住宅 川越山田住宅 川越小中居住宅 川越小堤住宅 川越東坂上住宅 (新宿町) 川越神明町住宅 川越仙波町住宅 川越的場住宅 川越藤原住宅 川越南大塚住宅 川越グリーンパーク(古谷上) ファミリータウン春日(小堤) 住友川越霞ヶ関分譲地(現・上戸新町) 東急霞ヶ関ニュータウン(現・霞ヶ関東2〜5丁目) かわつる三芳野団地 川鶴団地 いせはら団地 霞ヶ関角栄団地 - 角栄建設(現・ジョイント・レジデンシャル不動産)造成の団地 URむさし緑園都市 川越・鶴ヶ島地区(かわつるグリーンタウン) URむさし緑園都市 霞ヶ関地区(川越ニューシティいせはら) 観光 「世に小京都は数あれど、小江戸は川越ばかりなり」と謳われ、年間700万人(2016年)の観光客が訪れる。NHKの大河ドラマが「春日局」、「葵 徳川三代」、「義経」、「風林火山」など、当市に関係する内容になると観光客が増えている。 海外から来日した国賓にも日本の代表的な町並みとして紹介されており、2007年3月28日には上皇明仁夫妻がスウェーデン国王カール16世グスタフ夫妻を案内し、西武新宿線のお召し列車で行幸した。 国土交通省の観光ルネサンス事業に指定され、外国人富裕層の誘致促進の観光振興策を実施している。外国人観光客向けプロモーションビデオのコンペ「小江戸川越ビデオ大賞」も行い、優秀作は海外に配信している。東京近郊で交通至便、江戸情緒を実体験できる町として人気で、外国人観光客は年間4万人超となっている。韓国MBCの人気番組「私たち結婚しました」のロケ地となるなど、外国メディアに登場することも増えている。 2008年2月からは、川越商工会議所を中心に小江戸川越検定が行われており、市外からも多くの人が受検している。また絹(川越絹平)や唐桟(川唐)の大産地であったことから毎月18日を「川越きものの日」として町興しを行っており、着物姿だと各博物館や旧市街の指定商店での買い物が割引になる。 観光案内所 川越市観光案内所は、埼玉県初のビジット・ジャパン案内所で、川越駅構内と川越一番街にある。 レンタサイクル フランス・パリのヴェリブと同様の自転車先進貸出システムである「川越市自転車シェアリング」が実施されている。市役所・川越駅・市内の各観光名所などに設置されたポート(駐輪場)のどこでも24時間自転車の貸出・返却(乗り捨て)ができる。利用には専用のICカードかポートの端末機のタッチパネルに必要事項を入力後、クレジットカードを挿入する。1回当たりの利用時間が40分以内の場合は、基本料金のみで何回でも利用できる。 路地の光景 蔵造りの町並み 大沢家住宅 菓子屋横丁 人力車 養寿院 喜多院の「五百羅漢」 名物・特産 サツマイモ 江戸時代から特産品。飢饉の時の非常食であったサツマイモを美味な商品作物にまで育てたのは川越で、今では川越芋の生産量は減ったが、サツマイモの加工基地となっている。川越芋は、火が通りやすく芋きんとんなど加工すると美味になる品種で、芋せんべいや芋羊羹、芋松葉、芋納豆、芋シュー、二色芋ババロア、芋プリンなど豊富。川越の「芋菓子」は草加煎餅、五家宝とともに「埼玉三大銘菓」とされる。黄色い「芋ソフトクリーム」は川越発祥。イモ菓子だけでなくイモ料理も名物で、「サツマイモを食すなら川越で」と言われた天保年間から豊富な料理を築いてきた。芋うどん、芋おこわは定番。「えぷろん亭」、「源氏家」はオリジナルのサツマイモ料理。「いも膳」は、いも懐石で知られ「サツマイモ資料館」を2008年(平成20年)まで開館していた(閉館後、資料は川越市立博物館に寄贈)。 和菓子 川越名菓「亀の最中」の「亀屋」は1783年(天明3年)創業で旧川越藩御用達。「亀屋栄泉」、「くらづくり本舗」、「芋十」、「東洋堂」、「道灌」、「紋蔵庵」、「稲葉屋本舗」など1世紀を経た老舗が揃う。亀屋栄泉には「芋菓子の歴史館」もある。 川越団子 川越だんごは甘くない醤油味の焼きだんごで歯応えがある。寛永年間には城下の社交場として定着しており、今でも街中に店が多い。安政年間創業の「成田山だんご」や1861年(文久元年)創業の「田中屋」など。 煎餅 生地から手作りの手焼きせんべいの店が「塩野」、「大玉や」など街中にある。川越煎餅は伝統的に醤油味の塩せんべいである。「せんべい・あられは鉄火焼」のCMのホンダ製菓は当市生まれの会社で本社・工場・直売所も全て市内にある。 漬物、豆腐、蒟蒻なども江戸時代からの名物。 川越茶 円仁(慈覚大師)が川越で栽培したのが狭山茶のルーツ。昔は河越茶といった。群書類従所収の南北朝時代の異制庭訓往来に既に「日本5大銘茶」として河越茶の名が記されている。 素麺 川越は江戸時代は小麦の大産地で、川越そうめんは新河岸川の舟運で将軍家に献上され続けた名産品。かつての高沢町には、そうめん屋が軒を連ねていた。「川越舟運亭」など。 うなぎの蒲焼 入間川など、市内の河川で良質の鰻が取れたことから昔から鰻料理で有名。「小川菊」は1809年(文化6年)の創業。「いちのや」は1832年(天保3年)創業。「東屋」、「小川藤」なども明治初期からの老舗。埼玉県内にチェーンを持つ「大穀」の本社も市内にある。 懐石・会席料理 「料亭の町」とも言われた。川越藩の貴賓館であった関東有数の豪商・横田五郎兵衛の1000坪の別邸を料亭にした「山屋」、文人墨客に利用されてきた1868年(明治元年)創業の「初音屋」など。 洋食 「吉寅」は1877年(明治10年)創業のすき焼きの老舗。国の登録有形文化財の洋館の「太陽軒」は大正期の洋食。「楽天」は1932年(昭和7年)に初めてとんかつと名付けた東京・上野の「楽天」の唯一の支店(上野本店は今は無い)。 蕎麦 古くから蕎麦の栽培に適した土地で、江戸の影響を受け継いで蕎麦屋が多く喜多院の参道などに蕎麦屋が目立つ(茶そばの「寿庵」など)。「百丈」は店舗が国の登録有形文化財に登録。 醤油・地酒 天保年間創業の「松本醤油」、1789年(寛政元年)創業の「笛木醤油」など天然醸造の醤油作りが残る。「小江戸鏡山酒造」は地酒「鏡山」の造り酒屋。芋焼酎は三芳町で栽培された川越芋を原料とする川越いも焼酎「富の紅赤」がある。 地ビール(小江戸ブルワリー) COEDOビールは地元川越名産のサツマイモを原料としている。ドイツの名門ブラウマイスター仕込みのプレミアムクラフトビールで、モンドセレクションで最高金賞をダブル受賞、iTQi コンテストでは日本のビールで初めて最高のクリスタルテイストアワードを獲得、ヨーロピアンビアスターアワードでは2010年に国産ビールで初の金賞を受賞。北米、オーストラリアなど海外輸出も行っており、アメリカではグルメスーパーのホールフーズ・マーケットでも販売されている。 武蔵野うどん 当市から東京都武蔵村山市にかけての武蔵野台地は江戸時代から「手打ちうどん」(武蔵野うどん)の本場で、「ざるうどん」の店は市街地の周辺に多い。製麺所も点在し、入間地方で食べられている「よもぎうどん」も作られている。 ラーメン ラーメン店が多い激戦区である。中でも「頑者」はつけ麺ブームの火付け役で、テレビ・雑誌などのマスメディアに登場する機会も多く、新横浜ラーメン博物館にも支店を出している。 B級グルメ 川越太麺焼きそばがある。もんじゃ焼きなど。東松山風みそだれ焼きとりの「ひびき」の本社は当市にある。 桐箪笥 寛永年間に藩主の松平信綱が興した川越の地場産業で、桐箪笥発祥の地である。大火の多い江戸で重宝された。川越の桐箪笥は島村利正の小説『桐の花』でも描かれている。上皇后美智子のご成婚で桐箪笥を納めた天保年間創業の「桔梗屋」が有名。 唐桟織 川越絹など織物の一大産地だった川越だが、唐桟(とうざん)は江戸時代に南蛮から入ってきた縞木綿で、粋で高価な唐桟は江戸で一世を風靡した。川越商人はいち早く量産化に成功して川越唐桟(川唐)と呼ばれている。川唐は近年メディアで特集されることが多くなっている。 名所 博物館・美術館については、「博物館・美術館」の項目を参照。指定文化財については、川越市指定文化財一覧も参照。 時の鐘 川越のランドマーク。寛永年間に藩主だった酒井忠勝が建立した鐘楼。現在の鐘楼は1893年(明治26年)の川越大火の翌年に再建されたもの。この再建に際しては晩年を川越で過ごした渋沢栄一の資金援助や明治天皇からの下賜金を受けた。3層構造の塔で、高さは16メートル。400年近くにわたって川越城下に時を知らせており、今も機械式で一日4回、銅鐘を打っている。環境省選定の「日本の音風景100選」。 川越一番街 蔵造りの街並みが残る。福島県喜多方市、岡山県倉敷市とともに「日本三大蔵の町」。川越城西大手門跡の先にある高札場であった「札の辻」を中心とした一帯が藩主・松平信綱の時代から商人地区の上五ヶ町。町の3分の1を焼失した1893年(明治26年)の川越大火で焼け残ったのが江戸期の蔵造り建築であったので、その後、各商家が倣った。かつては200棟を超える蔵造りの町屋が建ち並び、黒漆喰を使用していることが川越の見世蔵の大きな特徴である。 現在は資料館、ギャラリー、個性的なカフェなどに利用されていることも多い。川越藩士であった橋本雅邦のコレクションがある「山崎美術館」、「服部民俗資料館」、川越藩御用絵師・船津蘭山の「蘭山記念美術館」、「松下紀久雄むかし絵美術館」などがある。1792年(寛政4年)に豪商の西村半右衛門によって建てられた「大沢家住宅」は現存する関東地方最古の蔵造りで、国の重要文化財。「陶舗やまわ」は蔵と店を繋ぐトロッコがありNHKの連続テレビ小説「つばさ」の舞台「甘玉堂」となった。川越一番街は夜にライトアップされることがある。 大正浪漫夢通り かつては「銀座商店街」と呼ばれるアーケード街であったが、近年に撤去。大正時代の家並みや石畳の商店街。レトロな建物の多くが映画「陰日向に咲く」「免許がない!」、ドラマ「相棒」「菊次郎とさき」などの撮影舞台になっている。 菓子屋横丁 1796年(寛政8年)に江戸菓子を製造したのが始まり。関東大震災で被害を受けた東京に代わり駄菓子を製造供給するようになり、昭和初期には70軒ほどの業者が軒を連ねていた。現在では20軒ほどまで減少したが、昭和の雰囲気を残している。飴細工や麩菓子、駄菓子、横丁たこせんが人気。環境省の「かおり風景100選」に選定されている。「駄菓子の資料館」もある。横丁近くの路地には堀が廻らせてあり、ニシキゴイが泳いでいる。 立門前通り 蓮馨寺の門前町として戦前は川越で一番賑わった通り。1899年(明治32年)に完成した旧「鶴川座」は首都圏唯一の木造芝居小屋の遺構。日本に残る唯一の木造織物市場建築である旧「川越織物市場」など、レトロな建造物が多く残る。川越織物市場は映画「無法松の一生」のロケ地。連続テレビ小説「つばさ」のタイトルバックはこの一帯で、最近はCMの撮影も増えている。 喜多院 川越大師。関東天台総本山。淳和天皇の勅で慈覚大師円仁によって830年(天長7年)に創建された。徳川家康のブレインであった天海(慈眼大師)によって隆盛を極め、家康も論議を聴きに参詣した。家康の命で藩主の酒井忠利によって大伽藍が建立された。狩野吉信の職人尽絵屏風など多くの国の重要文化財を有する。1638年(寛永15年)の川越大火でほとんどが焼け落ち、「徳川家光誕生の間」「春日局化粧の間」など江戸城紅葉山にあった建物の一部が徳川家光の命でここに移築され、重要文化財として往時の江戸城の貴重な遺構を今に伝えている。一方、東京都台東区上野桜木の寛永寺根本中堂は喜多院の本地堂を移築したものである。五百羅漢は1782年(天明2年)から半世紀を費やして造られ日本三大羅漢の1つ。小堀遠州流の枯山水庭園がある。松平大和守家7代のうち川越で没した5人の藩主の廟所もある。毎年1月3日の初大師の日にだるま市が開かれ、その日だけで30万人以上の人出がある。 中院 天台宗別格本山。喜多院と同じく円仁によって830年に創建されたと伝える。かつては喜多院(北院)より隆盛を誇った。天台教学の関東での中心地で古文書を多く所蔵する。島崎藤村に縁が深く、その茶室もある。川越茶(狭山茶)はここがルーツで、その起源を記した「狭山茶発祥の地碑」がある。しだれ桜も有名。 仙波東照宮 本殿、拝殿、石鳥居、随身門、唐門など国の重要文化財。日本三大東照宮の1つ。徳川家康の遺骸は久能山から日光へ運ばれる途中、天海によりこの地が選ばれ四日間にわたって家康の法要はここで行われた。国の重要文化財である岩佐又兵衛の三十六歌仙額がある。徳川家光の命で仙波東照宮創建の造営奉行となった老中で川越藩主の堀田正盛以降の歴代藩主奉献の灯篭も並ぶ。童謡「あんたがたどこさ」はここが発祥と言われている。 川越城(初雁城) 上杉持朝の居城として家宰の太田道真・道灌父子が1457年(長禄元年)に築城。関東七名城・日本100名城の1つ。本丸御殿は江戸時代後期の藩主・松平斉典の建立。入間県県庁舎ともなった。本丸御殿大広間が現存しているのは、日本では川越城の他には高知城のみで、貴重な遺構である。富士見櫓跡なども残っている。川越城中ノ門堀跡は、2010年(平成22年)に整備された。川越市役所前(川越城西大手門跡)に太田道灌の立像がある。 三芳野神社 初雁天神。童謡「通りゃんせ」の元となった神社。807年(大同2年)に平城天皇の創建と伝わる。995年(長徳元年)には一条天皇により菅原道真も配祀された。かつての川越城内に位置した「お城の天神さま」で喜多院、仙波東照宮とともに江戸幕府の直営社であった。三芳野神社に行くには城の門番に特別の許可を貰わねばならず、細道とは社殿に至る参道で、その様子が童謡に歌われたものである。三芳野神社にある「初雁の杉」が初雁城(川越城の別名)の由来となった。東京都千代田区平河町の平河天満宮は、三芳野神社を川越城の守護神として崇敬した太田道灌がここから分祀したものである。 浮島神社 浮島稲荷神社。「うきしま様」と呼ばれ安産の神として親しまれている。太田道真が葦の密生した湿地帯であるこの地に川越城を築城する際、城地守護のために祀ったのが由来である。川越城七不思議に纏わる神社である。 日枝神社 円仁(慈覚大師)が喜多院の鎮守として日吉大社を勧請したもの。本殿は国の重要文化財。山王祭で有名な東京都千代田区永田町の日枝神社は、太田道灌が川越のこの日枝神社から分祀したもの。江戸時代を通して幕府の厚い保護を受けた。 成田山川越別院本行院 川越不動。成田山新勝寺の全国初の別院で真言宗。毎月28日には蚤の市(骨董市)で賑わう。また骨董市に合せて、絹織物の大産地だった文化を守ろうとNPO法人によって「川越きもの散歩」が毎月行われている。11月には火渡り祭が行われ、12月にはギリヤーク尼ヶ崎の公演が境内で行われている。 川越にまつわる資料・文化財の調査・蒐集・展示を行っている民間の川越歴史博物館はこの別院の正面にある。川越歴史博物館は河越太郎重頼の長覆輪太刀などを貴重な品を所蔵している。 東明寺 一遍上人建立の時宗の寺院。河越夜戦激戦地跡で、河越夜戦は「東明寺口合戦」とも呼ばれ、境内に河越夜戦記念碑がある。将兵の遺骸を納めた富士塚が残っている。ここで戦死した難波田憲重の霊を祀った天満宮もある。 氷川神社 欽明天皇の即位2年(541年)に氷川神を勧請したと伝える。太田道灌以来、川越の総鎮守で歴代藩主が篤く信仰した。関東三大祭りの1つである川越祭りは「川越氷川祭」であり、氷川神社の祭礼である。朱塗りの大鳥居は木造としては日本最大で、扁額は勝海舟の書。境内には柿本人麻呂を奉る人麻呂神社や、江戸城二の丸にあった東照宮本殿を移築した八坂神社もある。8月には薪能も行われる。縁結びの神様として知られ近年は外国人の参拝が多い。 養寿院 曹洞宗の古刹で河越経重の開基。河越太郎重頼の墓がある。1260年(文応元年)に造られた銅鐘は国の重要文化財で、鎌倉高徳院の「長谷の大仏」(国宝)と同じ丹治久友の作である。 蓮馨寺 1549年(天文18年)、河越城主・大道寺政繁の母・蓮馨によって開基。開山は感誉存貞上人。代々、高僧が住職を勤め、感誉上人の他にも徳川家康の帰依を受けた源誉存応上人など、蓮馨寺の住職は徳川家の菩提寺である東京・芝の増上寺の法主となった。江戸時代には、浄土宗の関東十八檀林の1つとして幕府の僧侶養成機関だった。今は下町情緒を残した子育て・無病息災の寺で、毎月8日には「呑龍上人縁日」が行われる。 川越八幡宮 川越一宮。1030年(長元3年)、源頼信が平忠常の乱平定の祈願をここで行い、戦勝に感謝して創祀したもので、河越氏に縁が深く、江戸時代を通じ川越城主の篤い崇敬があった。明仁上皇生誕を記念して1933年(昭和8年)に境内に植樹された縁結び銀杏がある。境内社に民部稲荷神社があり、足腰を強くするという御利益で、箱根駅伝出場選手が参拝に訪れる。また民部稲荷神社は相撲稲荷とも言い、「まんが日本昔ばなし」でも放送された「老狐物語」の伝説が残る。 熊野神社 1590年(天正18年)に然誉文応僧正が紀州熊野から勧請。毎年12月3日には酉の市で賑わう。鎌倉・宇賀福神社と同じ祭神が祭られているため銭洗弁天がある。 河越館跡 国の史跡。河越館跡史跡公園となって整備された。平安時代末期から室町時代にかけて武蔵国で勢力を張った豪族・有力御家人であった河越氏の館跡。河越能隆がこの地に移住し河越氏となった。戦国時代初期には、扇谷上杉家の上杉朝良が城主を務める河越城に対峙するために、山内上杉家の上杉顕定が陣所(上戸陣)を7年間も張ったところでもある。また、館跡の一角にある常楽寺は時宗の古刹で、河越城主だった大道寺政繁が小田原征伐で降伏、豊臣秀吉の命で自害したところである。源義経とその正室の京姫(郷御前・河越重頼の娘)の供養塔もある。 永島家住宅 川越城南大手門跡近くにある武家屋敷。川越藩御典医の屋敷で、埼玉県内で唯一の武家屋敷遺構である。枳殻の生垣は川越藩の特徴であった。 旧戸田家住宅 伊佐沼公園に「伊佐沼庵」として移築されている。江戸時代に福原地区に建てられた萱葺きの古民家で馬屋を持ち、民具・農具なども残り、武蔵野の農家の江戸時代の暮らしを伝える貴重な資料である。 新河岸川河岸場跡 舟運の船着場跡では最も城下町寄りの仙波河岸が史跡公園になっている。江戸時代以来の川越五河岸には、船問屋の「伊勢安」跡がある。 新河岸川の旧赤間川部分で舟運を再興しようという動きがあり、濯紫公園(たくしこうえん)を基点に約2kmの観光舟運の試航がされている。濯紫公園は藩主・柳沢吉保の家老・山東小市郎の別邸「濯紫園」跡で現在は親水公園。ただし、観光舟運の区間は江戸時代以来の新河岸川舟運が行われていた区間ではない。 日本聖公会川越キリスト教会 1889年(明治22年)に建立された聖公会の教会で、埼玉県最初のキリスト教会。日本聖公会では北関東教区で最初の教会でもある。1878年(明治11年)、アメリカから帰国したばかりの横山錦柵(最初に自転車に乗った日本人とされる)によって川越で伝道が始められた歴史を持つ。川越大火で失われたが、1921年(大正10年)に再建された現建物もゴシック様式の赤煉瓦造り(日本煉瓦製造)で、国の登録有形文化財に登録されている。設計はアメリカの聖公会から派遣され、池袋に移転した立教大学の諸聖徒礼拝堂(チャペル)の設計管理も担当したウィリアム・ウイルソン。再建資金はニューヨーク大学のピーターソン教授夫妻の寄付金に多くを負った。 カトリック川越教会 1892年(明治25年)より川越で宣教をしていたフランスのパリー外国宣教会司祭プラシード・メイランによって1912年(大正元年)にカトリック教会が建立され、埼玉県で最初のカトリックの小教区が誕生した。1933年(昭和8年)には白亜の聖堂が完成した。戦前はフランシスコ修道会カナダ管区の担当する教会となった。美しい教会で平成になって改築され、埼玉景観賞を受賞している。 旧八十五銀行本店(現・埼玉りそな銀行川越支店) 川越のシンボルの1つ。1918年(大正7年)に建てられた洋館で、埼玉県内では最も早く国の登録有形文化財に登録された。銀行の看板なども周囲の景観に合わせた色合いにして営業している。設計は保岡勝也。昭和30年代まではこの本店隣(現在は埼玉りそな銀行の駐車場)に川越貯蓄銀行の本店もあり、洋館が2つ並んでいたが、そちらは取り壊されてしまった。「日本の電力王」と呼ばれた福澤桃介は川越で成長したが、父親がここで書記の仕事をしていた。 旧武州銀行川越支店(現・川越商工会議所) 国の登録有形文化財。髙島屋日本橋店や資生堂本店、京都市美術館などを設計した前田健二郎の設計で、メダリオンやドーリア式の柱に趣がある。少年時代を川越で過ごした澁澤龍彦は、父親がこの支店長だった。 山吉ビル(2010年4月20日撮影) 旧山吉デパート 山吉デパートが1936年(昭和11年)に増築した洋館。近年修復された。設計は保岡勝也。山吉デパートは1923年(大正12年)にオープンした埼玉県内最初の百貨店で、秩父市の矢尾百貨店より1年早かった。江戸時代から続く呉服商で川越渡辺銀行を創立した渡辺吉右衛門がオーナーで、エレベーターや屋上庭園もある高級デパートだった。1942年(昭和17年)に戦争のため閉館。戦後は1951年(昭和26年)から1964年(昭和39年)まで丸木百貨店(現・丸広百貨店川越店)となった。隣接して、1915年(大正4年)に建てられた洋館・旧「田中屋美術館」もある。 旧山崎氏別邸庭園 これも当市に縁の深い保岡勝也の設計で、ステンドグラスが美しい洋館と数寄屋造りの和室が融合した主屋。枯山水と茶庭から成る庭園は、埼玉県内で初の国の登録記念物(名勝地)に登録された。1926年(大正15年)の完成以来、川越に来た皇族の宿泊所としても用いられ、李氏朝鮮の最後の皇太子・李垠も滞在し、その碑がある。現在は市の所有で不定期に公開される。 当市は蔵造りだけでなく街中にいくつも洋館が残っている。国の登録有形文化財としては、旧六軒町郵便局の特徴ある赤屋根の木造洋館がある。 藤間流発祥の地碑 日本舞踊五大流派の1つ藤間流は、入間郡藤間村(現・川越市藤間)出身の初代・藤間勘兵衛が、宝永年間に江戸に出、出身地の藤間の名を冠した藤間勘兵衛を名乗り、歌舞伎の振り付けを始めたことに由来する。武者小路実篤の「武蔵野に生きている藤間の里」という直筆の碑もある。 正岡子規句碑 正岡子規が帝国大学在学中の1891年(明治24年)に川越を旅した際に詠んだ歌が石碑になっている。当市にはこうした文学碑が少なくない。 砧うつ隣に寒き旅寝哉 川越の「自由の鐘」 1951年(昭和26年)4月8日、喜多院境内で在日米国ボーイスカウト第3隊グランドハイツ(朝霞市)と川越ボーイスカウト第2団による日米ボーイスカウト交歓キャンプが開催された。これを記念して、米国側からは「自由の鐘」、川越側からは刺繍の隊旗が互いに寄贈された。この「自由の鐘」にはアメリカボーイスカウト連盟 (BSA) のマークが、添えられたプレートにはこの鐘の由来が綴られており、現在は川越市民会館脇に建てられている。川越はスカウト運動が盛んで川越ボーイスカウトは埼玉県内最古の1つ、カブスカウトの設立も埼玉県内最初である。 小江戸川越七福神めぐり 当市は七福神を祀る寺院が多く天海の江戸時代より七福神めぐりが起こり、現在も市民・観光客で賑わう。 主要祭事 川越まつり 川越まつり(10月の第3日曜日とその前日の土曜日。ただし10月14日と15日が土曜日と日曜日の場合はその両日) 関東では数少ない山車の曳き回しの祭りで、関東三大祭の1つ。国の重要無形民俗文化財。2016年にはユネスコの無形文化遺産に「山・鉾・屋台行事」の1つとして登録された。川越城下の大半が焼き尽くされた1638年(寛永15年)の川越大火の翌年、幕府の老中首座であった松平信綱が川越藩主となり町の再興が為される中、1648年(慶安元年)、松平信綱が神輿・獅子頭を寄進、信綱によって総鎮守である氷川神社の祭礼として始まる。東京神田明神の神田祭などが山車ではなく神輿の祭りに変わってしまった現在、江戸天下祭の面影を最も良く残した祭りである。 川越百万灯夏まつり(7月下旬) 1850年(嘉永3年)の盆に、魚子(ななこ)という川越藩の家臣・三田村源八の娘が、同年に死去した藩主の松平斉典を偲び軒先に切子灯篭を掲げたことに始まる、とされる。現在は市民祭りと化し、提灯が飾られ、川越藩火縄銃鉄砲隊保存会の実物の火縄銃の演武など時代行列も行われる。 川越歳時記 新河岸川桜まつりの舟遊び 1月 3日 初大師(だるま市)(喜多院) 9日 一升講(鯨井 春日神社) 成人の日前日の日曜日 餅つき踊り(南大塚、西福寺)県指定無形民俗文化財 15日 筒粥の神事(石田、藤宮神社)市指定無形民俗文化財 2月 11日 弓取式(下老袋、氷川神社)県指定無形民俗文化財 3月 春分の日 ふせぎ(芳地戸、尾崎神社)市指定無形民俗文化財 下旬 新河岸川桜まつり(新河岸川河川敷) 下旬 小江戸川越春まつり(5月の春まつり民踊大会まで市内各所で祭りが続く) 4月 第2日曜日 万作(老袋、氷川神社)県指定無形民俗文化財 14日 足踊り(南田島、氷川神社)市指定無形民俗文化財 15日 祭ばやし(今福、菅原神社)県指定無形民俗文化財 15日 祭ばやし(中台、八雲神社)県指定無形民俗文化財 第3土・日曜日 ささら獅子舞(石原町、観音寺)県指定無形民俗文化財 19日 神楽(中福、稲荷神社)市指定無形民俗文化財 7月 13日 初山(富士見町、浅間神社) 第2日曜日 まんぐり(上寺山、八咫神社)市指定無形民俗文化財 15日付近の日曜日 万作(鯨井、八坂神社)市指定無形民俗文化財 第3日曜日 獅子舞(福田、星行院・赤城神社)市指定無形民俗文化財 中旬 小江戸川越花火大会(伊佐沼公園または安比奈親水公園) 下旬 川越百万灯夏まつり 9月 1日 お炊き上げ(新宿町、雀の森神社) 敬老の日前日の日曜日 ほろかけ祭り(古谷本郷、古尾谷八幡神社)県指定無形民俗文化財 15日 獅子舞(古谷本郷、古尾谷八幡神社) 下旬 川越市美術展(川越市立美術館) 10月 13日 いもの日まつり・芋供養(菅原町、妙善寺) 中旬 獅子舞(上寺山、八咫神社)市指定無形民俗文化財 第3日曜日とその前日の土曜日 川越祭り 国の重要無形民俗文化財 下旬 川越産業博覧会(川越運動公園) 11月 1日から 小江戸川越菊まつり(喜多院) 初旬 小江戸川越大茶会(蓮馨寺、中院など) 23日 火渡り祭(成田山川越別院) 下旬 小江戸川越マラソン 12月 3日 酉の市(連雀町 熊野神社) 宿泊施設 佐久間旅館 国の登録有形文化財の佐久間旅館は1894年(明治27年)創業の老舗旅館。尾崎紅葉や島崎藤村の常宿で、藤村の『夜明け前』の執筆はここで成された。日本ペンクラブ初代会長の藤村が第1回国際ペン大会出席で洋行するときの壮行会も堀口大學など文人たちが集ってここで行われた。皇族の定宿で三笠宮崇仁親王が特に贔屓にしている。将棋名人戦の対局宿でもある。(閉館) 市内には「川越プリンスホテル」、「川越東武ホテル」、「川越第一ホテル」、「ホテル三光」などのシティホテルや、ビジネスホテル・カプセルホテルも多い。天然温泉の「川越温泉」「はつかり温泉」など日帰り入浴施設もある。伊佐沼湖畔には埼玉県国民年金保養センター「えすぽわーる伊佐沼」もある。また、蔵造りの町並みには戦前から続く昔ながらの銭湯「旭湯」がある(市内唯一の銭湯)。 河越館 河越館 常楽寺 常楽寺 氷川神社 氷川神社 喜多院 喜多院 喜多院の「五百羅漢」 喜多院の「五百羅漢」 三芳野神社 三芳野神社 時の鐘 時の鐘 菓子屋横丁 菓子屋横丁 川越市蔵造り資料館 川越市蔵造り資料館 川越まつり会館 川越まつり会館 旧 八十五銀行本店 旧 八十五銀行本店 旧 武州銀行川越支店 旧 武州銀行川越支店 旧 山吉デパート 旧 山吉デパート 昔ながらの団子屋 昔ながらの団子屋 オブジェ 街中にオブジェ(屋外彫刻)が多い。時間を表すオブジェとしては以下のようなものがある。 「時世」(平成の時の鐘として川越駅東口のロータリーにある。藤田久数作。午後6時、9時、0時に夜空に高く光を放ち、時間を告げる。北米照明学会賞) 「こども川越まつり」(アトレマルヒロの駅側の入口上部に、市制施行80周年を記念し設置されたからくり時計。からくりの動作はアトレの開店時間から午後9時までの毎正時) 「24MONUMENT PLAZA」(川越駅東口の広場にあるピラミッド状の日時計。高瀬昭男作)